エッセイ

おこづかいのような

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〔 2022/07/07(木) はれ 〕

季節の果物を使ったおいしいデザートを出すお店を、私は知っている。

久しぶりに現金の存在を認識して、その店のことが思い浮かんだ。いや、ほとんど恋みたいにいつも頭の片隅にはあるんだけれど。手の込んだおいしいランチを手や目になじむ器で出してくれる、レストランともカフェとも言い難いお店。ごはんもおやつも飲みものも全てとてもおいしい。常に行きたい。お会計は今でも現金のみだが、ごはんどきに行くといつも混んでいる。

なんだかおこづかいみたいだな、と思った。現金。それはいつでもうれしいものだ。最近はキャッシュレス決済が常態化していたから、折りジワがついた千円札が数枚、財布に入っているこの状態をなんとなく生活の勘定に入れていなかった自分に気がついた。

そこで、いつもひとりで行くには贅沢かなあと日和って、だれかと連れ立ってしか行ったことのなかったそのお店に、ひとりで行ってみようかと思いつく。意識的に久々の現金を握りしめて。そわそわ。

日差しも空気もすっかり真夏になっていたけど、風はちゃんと涼しい日だった。私の足では徒歩20分くらいかかるので風が吹くのはとてもありがたい。

本当は行こうとしていたのは昨日で、出かけはしたのだが、家を出てすこししたら雨が降り出して家に引き返した。急に大粒、音の大きい雨。降ったり止んだりを繰り返す天気で、空を見ると存在感強めの真っ黒い雲がぼわんぼわんと敷かれていた。天気予報があてにならない日だった。お!明るくなったかな!と思ったらすぐに景色が暗くなっていく思わせぶりな天気。気が気じゃなく空を観察し続けながらではおいしいものに集中できない、と思い昨日は断念した。

そして今日、晴れた…! リベンジ。行くしかないという気合いで歩みが強気になっていく。

ドアを開けるとリーンと涼しい音が鳴る。ひとりです、というと「こちらへどうぞ」と窓際のカウンター席に案内される。13:45くらいだったと思う。日差しの向きがちょうどこちらを逸れていて、でも少しだけ木漏れ日が入ってテーブルの上で揺れている。いい時間に着いた。外には、窓のすぐそばに名前のわからない木と葉と、名前のわからない青紫色の細かい花が縦に連なって咲く植物が見える。

季節の果物を使ったおいしいデザートと冷たい飲みものを注文して、ぼーっとしていた。目の前が窓で外。明るい緑色の葉が揺れている。他のお客の声が聞こえる。「朝ドラの脚本が下手くそでね」。「NHKの政見放送見てたんだけどね、ナントカ党の人やばい思想の人しかいない」。選挙期間に選挙の話ができる友達がいるって貴重なんじゃないかな、いい傾向だね、なんて勝手に脳内で会話に割りこんでみたりもしていた。

注文したものが運ばれてきて、冷静なうちにスマホで写真を縦横3枚撮る。いざ、おいしい時間。季節の果物ってしあわせ。やっぱりすべてがおいしくて、料理が好きな人が作る料理をこれからも食していきたい所存、とこころが決まる。

本当は、ランチを食べてからデザートと飲みものを、と流れでまるっと踏破できたら有頂天なんだけど、ちょっと日和っちゃった。今は節約週間ということで。そのうち心置きなく頼めるようになるぞ、と目標がまた増える。

食べていると、窓の外の植物に虫が動いているのが見える。蜂が飛んできて、小さな青紫の花の一つ一つを丁寧に訪問している。この花も甘いんだ。

蜂は禍々しい色のやつじゃなくて、お腹が黒い、体が4センチくらいの、首にふわふわを巻いた、絵にしやすそうなかわいげのある蜂だった。生身で鉢合わせしていたら、刺されたくないから安全そうな見た目の蜂でも静かに避けて歩くけど、ガラス越しだと蜂も人間を意識しないようで、距離は近いのに各々仕事に夢中だった。ガラスは虫に対していないことにできる道具だったのか。気配を消して悠々と居留守。おかげで平和な時間に包まれた。私は傲慢な人間、虫にあげるには惜しすぎるものを食べているのでね、という気持ち。

食べ終わってから、文字を読んだり外を観察したりしながら、気を抜くとごくごく一息に飲んでしまう飲みものを努めてちびちび飲んで過ごした。現金でのお会計を済ませお店を出ると、この時期にしては涼しい風がまだ吹いていて、とても自由だったなあ、と思った。

ひとりで行きたいところに出かけられた。食べたいものを食べられた。自由だ。とてもご機嫌な自由だ。

子どもの頃の夏休み、お祭りやおこづかいのことをほんのり思い出す。子どもは保護対象であると同時に不自由だから、大人はおこづかいで子どもに小さく自由を与えてくれていたんだなあ。なんにも考えずに使っていたけどなんにも考えずに使えることが自由だったんだなあ。なんて思う。わたがしと焼きトウモロコシが好きだった。

いつのまにかもう大人になっている。自由と自立(を前にまだまだ日和っているけど)、楽しい。楽しい経験をした。短冊が足りないくらい小さな目標や願い事がまだまだ減らないし、なんでもおかまいなしに人生押し寄せてくるけど、がんばろう。思い付きでふらっと違う道で帰る。今年初めてきくセミの声。そういえば七夕が晴れたのって何年ぶりかな。前向きになれる、いい時間とお金の使い方をした。満足。