きっと水は膨らみ
遠くへ行きたがるのだ
そんなときめまいは眼の奥で
ちがう体温をしている
たぶんとっても深さがあって
よそよそしい沈黙に
あわだつ感情が混じりはじめて揺れる
耳と目が同じところを向く馬
出せない方の言葉は潜かに熱の色を増し
本音は気管や消化器官にたまる
知らなかった
気配の海は寒い
だれのことでもあり
だれでもなくなったひとがいる
どうも平均したらしい
(水によく似たひとだったから…)
鳴かない草食動物が
声を獲得する瞬間みたいな
必然性だけになるなんてずるい
馬が朝露をはしらせた日
身体は生きているだけで痒くて
氷の
明るさだけを飲む
乱反射を追いかけて
水脈の傾眠 ほんとうは
やさしいだけの動物に
嘘のつけない現象でいたい
『 水の療養 』
〔 第32回 伊東静雄賞 佳作 〕
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