くるぶしのむずかしいかたちのことを考えて
秋を黙認していたことに気づく
上着のちょうどいいのがない
今年はキャンプにだって行きたかったのに
九歳の頃
走り疲れた仔ぶたたちが牧場の日向で満足そうに眠るのを見たそのときから
忘れ物ばかりする
ポストを開けると知らない人からの封筒があって
料金別納郵便だった
その下にも知らない人からの封筒があり
結婚式の招待状だ
春野さんがあのきれいな字で秋山さんに変わっていて
森の妖精みたいで
もう私にはない景色ばかりなんだろう
紅茶を飲むことにすると
新しく革靴が欲しくなる
ほんとうに欲しいのはそれが似合う自分で
似合い方を教わらなかっただけだ
ああそうだ以前
絵画の女に恋をした友達がいた
『幸福』というタイトルで
顔のぼやけた女のいるあかるい風景画だった
きみはほんとうはただ幸福が好きなだけなのだと
思ったけれど言ったことはなかった
こんなにも人が
倒れやすいのはどうして
どこに行こうか考えることですら悪いことのように思えるとき
いつもの店に行ってみる
心をあずけてよく通ったものだ
店には小さなアップライトがあり
いたずらが許されそうになると赤い実のついた枝を咥えて寄ってくる猫がいて
正確にはその店が出てくる物語を好きになった
日記のはかどる気温になると
店の名前よりも猫の名前をよく覚えている
文字を追うたびに沈黙してしまう人の
ふたつめの精神のようなすすき畑が風を好むと
即興の気分は音程をふたつはずしていった
風靡
そしてatmosphereと笑う
表記の届かないところに
原生の鼻歌がゆれる
『 秋はatmosphereと笑って 』
〔 ユリイカ 2022. 11月号 佳作 〕
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