胞子

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東京から
電車にのれば
ぶつかって
よりかかってしまって
ごめんなさい
わたしの
胞子がとんで
しまいました

そのひとの
左ポケットに育まれ
そのひとが
だれかの靴をきっと
踏み
人知れず
そうやって
大都会から運ばれる
花畑
コンビニを見つけ
あたたかい飲み物がまだあたたかく
ATMに
吸収されていった紙幣のように
華やかに
旅して
殖えて
ばらまかれて

よかった
無関心にも
色素が蓄えられていて
だれかに
ぴったりの手や
指の深さ
を演じなくても
たくさんのかるい
かさなりをくれた
だれとでもひとり
うっすらしたまま
電車の窓を撫でるように
小雨の落ちる湖面の薄氷で
色を集める一枚のわたしがいい

花は湖を囲んで育つ
岸と湖は無関係でいる
氷が解ける頃に
風で舞い飛んだ花びらで
不意に
わたしの模様ができてほしい
小指の指紋のように
それぞれ孤独に起こる波紋で
わたし、拍子を知らずに歌う

たどりついたところで
言葉は
旅と引っ越しほど
離れたところに運ばれる
だから
あなたと
わたしになるとき
すれちがうような偶然でしか
投げかけることはできない
つまり
湖面に守られた鯉がいて
なに色に泳いでいたとしても
鯉にエサを与えないで

『 胞子 』
    〔 現代詩手帖 2019. 4月号 佳作 〕